今やコンビニの数より多いと言われる調剤薬局。保険調剤を行うドラッグストアも年々増加し、薬剤師が活躍する場は確実に広がってきました。
一方で、「薬剤師は飽和している」との声も聞かれます。
AIによる代替の可能性も取り沙汰されるなか、将来的には“仕事の量”に対して“薬剤師の数”
が多すぎるのでは、という見方もあります。
実際のところはどうなのか、これから薬剤師を目指す皆さんにとっては、特に気になる話題ではないでしょうか。
この記事では、データに基づいた将来予測と、僕自身の現場での実感を踏まえて、薬剤師の需給バランスが今後どう変化していくのかを解説します。
さらに、その予測を踏まえ、これからの時代を見据えて「今やっておくべきこと」についても提案していきます。
薬剤師は増えすぎている?その原因と実際のデータを解説

まずは、「薬剤師はすでに飽和しているのでは?」という声について、実際の背景やデータを
もとに確認していきましょう。
飽和すると言われはじめた背景|薬学部の乱立とその影響
2006年度から6年制薬学部制度が導入されることが決まり、それに先駆けて2003年頃から薬学部の新設が全国で相次ぎました。
その結果、薬剤師の数は年々増加。現在では、毎年およそ1万人の薬学生が国家試験に合格し、
薬剤師免許を取得しています。「薬剤師は飽和するのではないか」という声が出始めたのは、
まさにこの頃からです。
ただし、当初問題視されたのは「薬剤師の数」よりも、「薬学教育の質」でした。
薬学部の急増により、入試難易度の低い大学も目立つようになり「それほど勉強しなくても入学できるが、国家試験の合格率は低い」といったケースも出てきたのが実情です。
薬剤師の需要と供給|厚生労働省の調査結果
では実際に、薬剤師は今、過剰な状態にあるのでしょうか?
厚生労働省の調査によると、2020年時点では、薬剤師の「需要」と「供給」はほぼ釣り合っているとされています。
引用:薬剤師の需給推計
今後も高齢化が進むにつれて一定数の薬剤師は必要とされ、少なくとも直近では「余っている」とは言えない状況です。
つまり、現時点では「薬剤師が多すぎて仕事がない」という状態ではありません。
ただし、注意が必要なのはその先です。
高齢者人口がピークを迎えるとされる2040年以降、患者数は徐々に減少していくと見込まれています。
このデータから見ると、それまでに増えた薬剤師が、その後は余ってくるのは確からしいと言えます。
地域によって薬剤師が足りない?|偏在が生む格差とその背景
これはよく言われる話ですが、地域によって薬剤師の数にはかなりばらつきがあります。
特に薬学部の立地は偏っており、現在全国に80ある薬学部の地域分布は以下のようになっています。
地域 | 数 |
---|---|
北海道・東北 | 9(うち北海道3、宮城2、福島2、青森1、岩手1) |
関東 | 24(うち東京11、千葉7、神奈川2、埼玉2、栃木1、群馬1) |
中部 | 11(うち愛知県4、岐阜2、静岡1、新潟1、富山1、石川2) |
近畿 | 16(うち大阪5、京都3、兵庫5、和歌山1、三重1、滋賀1) |
中国・四国 | 11(うち広島4、岡山2、山口1、徳島2、香川1、愛媛1) |
九州 | 9(福岡4、熊本2、長崎2、宮崎1) |
この数字を見ると、都市部に薬学部が集中している一方、大学が一つもない県も存在していることが分かります。
大学がない地域では、薬剤師を地元で育てることが難しく、結果として人材の確保が困難になります。そのため、薬剤師が余っている地域もあれば、不足している地域もあるという、いわゆる“地域偏在”が発生しているのです。
薬局は忙しい?|現場目線での人員体制の実感

データとしては、現状薬剤師が多すぎるわけではないということをお伝えしました。
では次に、現場での実感について僕の実体験を基にお話しします。
薬局の人数はどうやって決める?|人員体制の基本ルールと実態
薬局では、1人の薬剤師が1日あたり対応できる処方箋の上限が「40枚」と法律で定められています。この「1人=40枚」を基準に、薬局ごとの人員配置が計算されます。
たとえば、1日平均で40枚弱の処方箋が来る薬局なら、基本的には薬剤師1人で足りると判断されます。仮にもう1人増員すれば「2人で40枚」を処理することになり、かなり余裕のある状態になります。
ただし、実際の現場では、単に処方箋をさばくだけでなく、
・在宅訪問や施設対応などの外部対応
・服薬指導の質向上の取り組み
など、見えにくい業務が多く発生しており、余裕があるとは言い切れない場面も多いのが実情です。
とはいえ、経営側としては人件費を抑えたい意向もあるため、「まだ40枚に達していないし、増員は不要」と判断されやすくなります。
その結果、薬剤師はギリギリの人数で運営することになり、現場としては常に忙しいと感じやすくなるわけです。
薬局が急に忙しくなる理由とは?|売上予測と採用の難しさ
薬局が売上を大きく伸ばす手段のひとつに、「門前クリニックの誘致」があります。
処方箋による調剤が収益のメインとなる薬局では、近隣に医療機関ができれば、それだけで大きな売上増が見込めるのです。
ただし、その増加分を正確に予測するのは難しく、想定を超える患者数によって、現場が突然パンク状態になるケースも少なくありません。
僕自身、過去に薬局長として新しい門前クリニックの立ち上げに関わった際、初月で想定の5倍以上の処方箋が来るという事態に直面しました。増員を打診しても、実際に人員が補充されたのは半年後。
その間は派遣スタッフでなんとかつなぐしかなく、現場は常に余裕のない状態でした。
このように、「売上は増えても人はすぐには増やせない」というジレンマが、薬局現場の慢性的な忙しさを生んでいます。
数字上では薬剤師が足りていても、一つの変化で人手不足になる現場は今も確かに存在するのです。
薬剤師業界の将来性予想|医療が直面している二つの問題

薬剤師が現状不足しているわけではないのであれば、薬剤師は将来安泰なのでしょうか。
この疑問に答えるために、現在の社会と密接に関連した二つの問題について説明します。
2025年問題|社会保障が耐えられなくなる時代へ
本年2025年(記事作成時点:2025年6月)は、日本の人口構造にとって大きな転換点です。
団塊の世代と呼ばれる日本で最も人口が多い年代の方が、75歳以上の後期高齢者になる時代。
高齢者の医療費は、社会保険が多くを負担する仕組みになっているため、
この年から社会保障費が一気に膨れ上がることが、以前から問題視されてきました。
高齢になると通院・治療の機会が増え、それに伴い薬の使用量も増加。
結果として、社会全体が「お金がもたない」状態に突入すると懸念されていたのが
「2025年問題」です。
2040年問題|医療そのものが“支えられなくなる”
団塊の世代は戦後最も人口が多かった世代です。その世代の子供として生まれたのが団塊ジュニアと呼ばれる世代です。親世代の人口に比例して団塊ジュニア世代は次に人口の多い世代として生まれました。
その団塊ジュニア世代が、今から15年後、2040年頃を目安に65歳以上の高齢者になります。
日本の人口統計から考えて、将来的に最も高齢者人口が多くなるのがこの2040年頃。
対して、団塊ジュニア世代以降、人口が大きく増えた世代はなく、労働人口は徐々に減少していきます。
2025年問題の時に指摘されていたお金の問題に上乗せして、医療の労働者が少なくなり、現実的に支えられなくなる可能性がある。それが2040年問題です。
2040年問題を踏まえて|薬剤師数の推移予想
2040年問題を踏まえて、薬剤師はしばらくは増え続けることが予想されます。
実際のところ、国は明確に「医療従事者を確保する必要がある」と発信しています。
以下は厚生労働省の資料からの引用です。
”医療従事者の確保が困難となっている中、2040 年に向けて、さらなる生産年齢人口の減少に伴い、医療従事者確保の制約が増す中で 医療提供体制の確保が必要”
引用元: 01 資料1 2040年頃に向けた医療提供体制の総合的な改革に関する意見 案
要するに、薬剤師も「人手不足に備えて、これから増やす必要がある」とされているのです。
そのため、薬学部の定員数は今後もすぐには減ることなく、卒業生も安定的に輩出されていくことでしょう。
ただ、そこから2045年ごろを目途に薬剤師は需要よりも供給が上回り、本当に過剰になると予想されています。
今からたった20年後、現在20歳で薬学部に在籍している方はまだ40歳でバリバリの現役世代です。
その頃には、競合がひしめき合う中で患者を奪い合う構造になるはずです。
理由はシンプルで、高齢者人口は2040年頃をピークに減少していくからです。
これは、数字と構造が示している現実です。今薬剤師を目指す人にとっても、すでに薬剤師として働いている人にとっても大きな分かれ道になることでしょう。
15年後の未来までにできること|薬剤師としての差別化を考える。

では、その未来を生き抜くためにはどうすればいいのでしょうか。そのカギは、薬剤師一人ひとりの「差別化」にあります。
薬剤師が余ると予測されている時代だからこそ、現在薬剤師を目指している人や若手薬剤師は、来る日に備えて今から動くことが必要です。今求められている薬剤師像を踏まえ、以下の観点のいずれかで突出した能力を身につけることが、これからの時代を生き抜く武器となるでしょう。
薬局の仕事以外にも通用する「ビジネススキル」
一つ目の差別化は、薬剤師の専門性に加えて、ビジネススキルを身につけることです。
薬局内でも、薬局長やエリアマネージャーへと昇進するにつれて、薬の知識よりも経営的な視点が求められるようになります。たとえば、売上を伸ばすための戦略立案、課題分析、人材マネジメントなど、抽象度の高い思考が不可欠になります。
こうした力を身につければ、薬剤師でありながら「経営に強い人材」として差別化できます。薬局業界に限らず、医療や介護、他業界とも連携して働く力にもつながっていくでしょう。
「専門性」による信頼と希少性の確立
薬剤師は、昇進やマネジメントだけが評価されるわけではありません。
専門性を深めることでプロフェッショナルとして際立つ道もあります。
医療現場は高度化・複雑化しており、特定分野に強い薬剤師のニーズも高まっています。
独自の知見を持つことで、他の薬剤師では対応できない課題にも貢献できるでしょう。
また、在宅医療の推進により、医師には“総合診療”の視点が求められる一方で、薬剤師には専門外の領域を補完する役割が期待されています。医師に対して専門的な視点で助言できる薬剤師は、より強い信頼を得られる存在になります。
AI時代に適応する「柔軟性とデジタルリテラシー」
そしてもう一つ、今後さらに重要になるのがAIを使いこなす力です。
現時点でも、技術の進歩に追いつけない薬剤師が一定数存在します。ほんの10年前には紙の薬歴が主流だった薬局もあり、デジタル化の波に乗り遅れている現場も珍しくありません。
しかし今後、AIを活用できるかどうかで業務効率や仕事の質は大きく変化します。さらに、AIとともに生まれる新しい仕事に柔軟に対応できる人材は、どの職場でも重宝されるでしょう。「使われる側」ではなく「使いこなす側」になること。それが、これからの薬剤師に求められる差別化の一つです。
まとめ
本記事では、薬剤師が本当に飽和しているのかという疑問に対して、現状と将来予測を踏まえて解説してきました。 最後に、ポイントを振り返ります。
・地域や職場によって、人員不足の度合いは大きく異なる
・国の推計では、2040年以降に薬剤師の供給過多が予測されている
・薬剤師が「余る」未来に備えて、今から差別化を図っていく必要がある
将来の変化は避けられません。だからこそ、薬剤師として「どう生きるか」を考えることが、今の時代には求められているのです。